Shoot Arrow様のレポート 2009.10.29 自由が丘という街のイメージを一般の人々に聞くと恐らく、「ファッショナブル」、「スイーツが有名」、「かわいい子供用品のお店がたくさんある」、「高級住宅街」、「OLが住みたい街ナンバー1」などなど、偏見覚悟で言えば「女・子供向けのシャラクセー街で大のおとながいけるか!」といったところであろう。 しかし自分にとって自由が丘のイメージは、”いかがわしい街”である。 ただし、1970年代後半までの話であるが。。。 1970年代後半も自由が丘駅前の女神像が鎮座しているロータリー側は現在ほどではないにせよ、洗練されたブティック、喫茶店、レストランが数多く立ちならんでいた。 しかし女神像と東横線の線路を挟んで反対側に行くと、恐らく50メートル四方程度の狭い”カオス”エリアが存在していた。 そのエリアはミニ歌舞伎町とまではいかないまでも、ドロドロとした男の欲望を感じさせる魅力的なエリアで、ポルノ映画館、パチンコ屋、一杯飲み屋、数多くのスナック、安い中華食堂、マージャン屋(通っていた高校の放課後の溜まり場「マージャン静」もあった)などが密集していた。 また、駅のホームから線路沿いに見える 紫色の怪しい看板「サロン踊り子」(この店は奇跡的に長いこと生き抜いていた)が気になった通勤・通学者も多いはず。 当時の自由が丘はまさに、”ファッショナブルなハイセンスタウン”とその対極である”おやじ天国”が共存していた実に稀有な街であったが、1980年頃から”カオス”は女神像サイドの侵攻に次々と屈してこぎれいなつまらないエリアと化してしまった。 まったくもって責任者出て来い!である。 前置きが長くなったが、ジャズ喫茶”Alfie”は駅から”カオス”側に向かい、線路沿いに渋谷方面へ歩いて1、2分ほどの雑居ビルの2階に位置していた。 この店は自分的にはいわゆる正当派ジャズ喫茶の権化であり、ジャズ喫茶に必要とされる全ての要件を兼ね備えていた。 大音量、談話禁止、古い雑居ビルの地下または2階、狭い黒を基調とした薄暗い店内、無口なマスター、あまりおいしくないコーヒー、そのくせ少し高めの値段(確か500円であったと記憶している)。 なおCDは当時まだ普及していなかったのでレコードをかけるというのはあまりに当然のことである。 あと忘れてはならないのが、店のマッチが”スイング”していること。 (最近ジャズ喫茶はマッチの無い店、切らしている店も多くこれは非常によろしくない。) 実は女神像側エリアも嫌いではない自分だが、何ヶ月かに一度ふと立ち寄りたくなる店であった。 映画「時計じかけのオレンジ」のラストを彷彿させるような魅力的な街であった自由が丘だが時は流れ、街は変わり、ある日ふらりと出向くと”Alfie”は息絶えていたのである。 組合長:自由が丘ですか。今ではホント女性の街というイメージですが、なんだか中央線沿線のような時代もあったんですね。復活求む! みなさまからの投稿をお待ちしております