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1.場所 武蔵野市吉祥寺本町1-31-3  駅から5分位  MAP
2.最寄り駅 吉祥寺駅
3.TEL 0422-21-1421
4.予算 コーヒーなら5〜600円でOK ビールもあり(モルツ)カキピー付き
5.時間 12:00〜23:00 無休
6.CDとレコード両方あり
7.リクエストノートあり

ある日のメグ

メグ今日は成人式。本当ならば幼なじみと一緒に成人式に出ているはずだが僕の成人式にはそんなものは似合わない。そう、こんな日こそ一人でメグに行くのにふさわしい日なのだ……
そんなことを考えながら中で何が起こっているのかわからないメグの黒いガラス扉を開けるといきなり大音量のパーカーのソロと暗闇のなかで小刻みにリズムをとっている人々の姿が飛び込んできた。
危険だ
、今日もメグは危険なのだ。
まるでレコード係がかける音楽に洗脳されに行くかのように人々はこの空間に吸い寄せられていくのだ。
私はお気に入りの一番後列右端の破れたソファー(2000年に撤去済み)に座るとコートを脱ぎそれを体に毛布のようにかけ目をつむった。しばらくすると店員が来たので声は出さずに口の形だけで「ビール」と伝えた。
今日もマイルス、ロリンズ、トレーン、みんないい。やはりメグは裏切らない、最高の成人式だ……私は夢の中でつぶやくのだった。 (1997.8投稿 SSK様)


組合長のコメント
 

1997.8のコメント
私はハッキリ言ってメグが大好きである。
音、雰囲気、ビールの味(モルツという銘柄の事ではない)、全て好きである。
メグは私が高校生の時に音楽館、SWINGの次に探し出して行き始めた店であり私の中でも歴史の古いJAZZ喫茶である。
組合長としてはメグを22世紀まで必ず保存するために、国の重要文化財に指定し、末永く経営していってもらいたい。少なくとも武蔵野市メグA&Fのおかげで吉祥寺=JAZZの街と思われているはずなので、店がピンチになったら市の予算から援助金ぐらい出すように考えておかなければならない。
とにかく「メグ万歳!日本のJAZZ喫茶の重鎮としてこれからもがんばって下さい。応援してます、しょっちゅう行きます」と声を大にして言いたい。
そしてできることならバイト(97年現在組合長は学生であった)として雇ってほしいとも言っておきたい。  


組合員のコメント その1

2007.10.1 吉祥寺大好き様 ついに禁煙に

先週の金曜日。最後の夏休みを午後とってでかけたら、メグが禁煙に。時代の趨勢か、それともオウディオのためか。おかげで、CD2枚聞いて店をあとにした。残念。

組合長:僕は喘息もちだから結構うれしいかも・・・メグが最初に手をつけると思わなかった


2007.3.18 初めてのメグ hide様

ジャズを聴き始めたばかりの私は、最近の本で吉祥寺にメグというジャズ喫茶があったはずと言う、あいまいな記憶を頼りに、
交番で場所を聞いて、ようやくたどり着きました。
一人居た先客の方が聞き入っている様子に恐縮しながら席に着き、まず拝借したトイレの壁の、寄せ書きのようなジャズファンによる落書きや、見たこともないオーディオシステムに圧倒されつつも、良い雰囲気だなぁ・・・と浸っておりました。
何とかジャズ部会(?)があるから、チャージが掛かりますけど・・・と、店員さんに言われて、そそくさと退散しましたが、またそのうちに出掛けてみたい店でした。


2005.7.29 がんばれジャズ喫茶! taka様

メグは、閉店してしまったA&Fと交互によく通っていましたが、テーブルとイスを換え、赤を基調とした店内にして、女性のスタッフが交替で勤務しているせいか、色気?のある魅力的なお店になったと思います。今の形態になってから、若いお客さんも増えてきた気がします。最近行ってない方は是非行ってみてください。
情報交換のため、お店が少なくなってジャズ喫茶の音に飢える中年が集って組合総会などやってはどうでしょうか?

組合長:総会の様なモノは一度実は数年前にやったことがあるのです。またやってもいいですね。


2005.3.24 JAZZ小僧様 初めてのジャズ喫茶

僕は昨日中学を卒業したばかりのガキなのですが、生意気にも先日学校帰りにMEGに行かせて頂きました。
たまらないです。音はいいし、なにより店員さんがとても優しかったのが印象的でした。もっと寡黙なおじさんが黙ってレコードかけているようなイメージだったのですが…(笑 色々と話させてもらい、リクエストもさせていただき誠に恐縮でした。絶対またいくぞ!

組合長:まるで10数年前の僕を見ているようです。メグに初めてのジャズ喫茶を求めて行くというのはなかなかハードですね。素敵な事です。一度いったらガンガン攻めるべし!


2004.3.1 お初 笹爺様

ジャズに対しては全くの初心者。でもここを知ったのは、オーディオ好きが高じてたどり着いたからです。
「ジャズは知らんが、立派なシステムで大音量で聴く音源はきっと素晴らしいに違いない。」と集合住宅住まいの身には、ひとつの夢の空間として「ジャズ喫茶」が膨らんでいました。
ネットで調べて、出来るだけ古き良き「ジャズ喫茶」の形態を保っていそうなみせとしてここを選びました。そして意を決し、「敷居が高いとはこのことだ」と言わんばかりの黒い扉を開けて初めて入ったその店は、もう、夢見ていた空間そのものでした。
暗く、涼しい空間に大音量のジャズ。先客は少なく3人。壁際に並んだ椅子に腰掛けた向かいには、とんでもなくでかいスピーカー(これはアバンギャルドのものでした)。
コーヒー2杯で約1.5時間、夢のような時間を過ごさせて頂きました。こんな美味しいコーヒーとタバコを味わったのは、30年の人生で初めてだったと思います。良い体験をしました。



2003.10.25 ジャズ喫茶に行ってみたくて・・・ 坂本 恵美(めぐみ)

私はジャズを聴き始めてまだ日が浅く、とりあえず耳が気持ちいいと感じるままに聴いています。いろいろとジャズを知りたくて、『ジャズ喫茶』に行ってみよう!と、このHPをみつけました。何よりも私と同じ名前ということに少し身近に感じ、初めてではありますが足を運んでみようと思います。

組合長:投稿ありがとうございました
メグはなかなか迫力のあるジャズ喫茶だと思いますよ。
家で聞く音楽とは違ったジャズが聴けると思います。
また投稿してくださいね



2002.2.4 聖地から発信基地へ! Bamboo様


70年代・80年代、MEGは聖地だった。
オリンパスS8Rは、実に暖かいジャズを聴かせてくれた。古いオルガンが隅に何故か置いてあった。
学生時代、私のオアシスであった。そしてオーソドックスな4ビートジャズの受難時代でもあった。マスターは、某有名雑誌でフュージョンを攻撃したために、総スカンを食らっていた。
そういった意味でもMEGは4ビートジャズ・レジスタンスのアジトだったのだ。
そして、90年代・マスターの著作が売れて、CDが導入されスピーカーがジョージアンに替わり、内装がキレイになった。
21世紀、MEGは外に向かって開かれた場所となり、様々な情報交換及び発信の基地となる!
今こそ、かつてのレジスタンス同志よ!ヤングピープルよ!MEGに結集せよ!!   (未完)


2002. 1.14
「メグの営業形態の改変」 よういち (Chasin' The BIRD編集者)

すでにご存知のかたも多いでしょうが、メグは2001年9月から営業形態をかえました。

・18時から本格的に酒類の提供開始
・おしゃべりOK
・ふかふか(ベコベコともいう)ソファーの撤廃(よく眠れる私の指定席がなくなっ た!)
・多人数用の大きな丸テーブルを数個置いた。
当然賛否両論はでてくるでしょうが、まずはメグの形態が改変される際のできことをちょっと書きます。
メグでは現在週末にCD発表会などレコードコンサートのようなものを積極的におこなっています。
私もたまたまその場に居合わせることが多いのですが、2001年8月にCDの発表会があったときにも私も出席していました。そこには某ジャズ誌編集長や某ジャズCD販売店の方や某欧州ジャズプロダクションの代表の方その他好事家がジャズファンの方々にまじって出席されていました。

その発表会が終わった後にそのジャズ業界関係者・ジャズファンがひとつのテーブルを囲んでいろいろジャズの熱のこもったお話をする機会がありました。
私にとってもめったにない貴重な場でした。
皆でなごやかに話をしているなか、寺島さんは会話に加わらず傍に立ったままで腕を組んでじっとその様子をながめているのに、私は気がつきましたが、気にせずまたお話を続けていました。
その後、メグのそばの中華料理屋で(あの妙にシュールな電光掲示板のあるところネ)
打ち上げをするということで、なぜか私も参加させてもらえることになりました。
皆で歓談しながら中華料理を食べている中で寺島さんは、ふと「こんどメグの形態を変えていこうとおもっているんだ」と皆にもらしました。
「お酒をだして、皆で気楽にジャズについて語らっていける場にしたいんだ」とのことです。
今回の発表会の終わった後で皆がなごやかにジャズについての話をしている様子をじっとみてそのような場をつくっていくことに今後のメグの姿をみたようです。
寺島さんがメグの番頭さんにも「こんな会話のできるメグってどうだ」ときいたところ好感触だったとの事でした。
たしかにメグの経営不振ということは主な要素であるとおもいます。わたしが「・・・でも夜になっても誰もいないメグで、ひとりきりソファーでくつろいでジャズを聴くの好きだったんだけどな〜。」ともらしたところ「キミはそれでくつろいでくれればいいけど、経営しているほうとしてはたまらないヨ」
と寺島さんは笑いながらおっしゃってました。
しかしながら、この改変は経営不振による単純なあがきとは言い切れず、ジャズの場を変えていきたいという寺島さんの思いが大きいように私には感じられました。
きっかけ自体は経営不振でしょうけど。ジャズに関する思いが個々人の内に閉じこもっているうちはジャズシーンに発展は無い。皆でいろいろジャズの話を交わせる場がないとジャズシーンが盛り上がっていかない、と寺島さんは思っているようです。
アルコールの提供、おしゃべりOK、積極的なイベントの提供、人が向かい合わせに座る丸テーブルの設置、これらすべて、収益を目的に安易に行ったことではないと私は思っています。
現在うまくいっているのかどうかはわかりませんが。
暗い空間の中でジャズと一対一で向き合って聴く、という従来のジャズ喫茶のスタイルと一種独特の空間がなくなりつつあるのは悲しいですが(私が一番悲しいんじゃないかと思うほど悲しい)、一方で、他者とのかかわりの中で個人の内に持つジャズの世界も、ジャズ・シーンも広げていこう、というジャズ喫茶のスタイルと役割も生まれてきていることに注目しても良いかと思います。


メグ2001年12月28日 行方不明のローランドカーク 稲垣様


1年ぶりにメグに行きました。
でっかいテーブルがどーんとあったり、ぼそぼそしゃべり続けている客がいたり、ちょっと雰囲気が変わったなぁ、なんて思いながら、久々にローランドカーク(3年も経っているうだからさすがに戻っているだろう)をリクエストしたら、まだテラシマさんの手元に行ったままとのことで・・しょうがない、リチャードディビスでいいやと、「Phylosophy of Spiritual」(ここの若きチックコリアがいい!)をリクエストしました。
まぁ、あの揺れるアルゴが流れ出し、もう、私の中では20年以上前のメグが広がっていきました。
帰り際、あのにいちゃん(太ったなぁ)に、「ちょっと雰囲気変わったね。でも、これはこれでいいね。」
と言ったら、嬉しそうな微笑みを返してくれました。
店を出ると、あのいつもの爽快感に浸り、年末の吉祥寺の雑踏の中へと消えて行きました。


2001年10月29日 まーさん 音がよくなった。

久しぶりに、メグに行ったら、音が良くなっていてびっくり。
お店の人に聞いたら、オーディオを入れ替えたみたいだ。あと、ケーブル関係も特殊なものを使っているみたいで、これも、影響しているみたいだ。
前は1時間ぐらいで、お店を出ていたのに、あまりの音の良さに、3時間もいてしまった。
今度の土曜日に例のケーブルのイベントがあるというので行って見ようと思う。


2001年10月19日 ユウスケ リー様 「めぐ」と「うねり」

手前のラーメン屋でつけそばを食べた後、早速階段を駆け上がると、ありました、あの黒い扉が。
少し緊張しながらも、勢いよく扉を開けると、眼鏡をした、巨体にパーマのお兄さんが目に飛び込んできた。一寸動揺してしまったが、私の耳には既に心地よいジャズの音色が響いていた(音量は想像してたより少し小さいかな、というのが最初の印象)。
お兄さんに一礼して、そそくさとソファーに座ると、すぐにお兄さんがお水とメニューを持ってきたので、かなり小さな声で「コーヒー」と言ったら、「えっ」と言われたので、ちょっと小さな声で言い直した。
運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れようとしたのだが、ここで少し驚いた、砂糖入れである。レトロな容器に茶色の、粒の大きな砂糖が入っており、その悠然とした佇まいは、私に古き良き70年代の姿を彷彿させるのに充分な存在感を持っていた。私はコーヒーにたくさん砂糖を入れて飲んだ。それはとても、おいしかった。 
気づいてみると、私はもうこの店の雰囲気に完全に酔いしれていたのだった。そっけなくて、ぶっきらぼう、それでいて温かくて、力強い、そこに、私は、大きな 「うねり」が在ることを知った。それは開店当初から、様々な人、物、そして、音 を飲み込み続けてきた。全てはその「うねり」によって混ざり合い、共鳴し、統一 されていくのだ。
熱いコーヒーから立ち昇る湯気を、吐き出した煙草の煙を見て欲しい、それらは、スピーカーからの音圧によって、回ったり、跳ねたり、と踊りな がら、「めぐ」の「うねり」に飲まれていくだろう。私達が「めぐ」で、心地良さ と安心感を感じるとき、この小さな空間にあった、全てのものを飲み込んできた大いなる「うねり」が、私達をもまた、飲み込んでいるのである。
私は「めぐ」でコーヒーをすすりながら、今年の夏見た、あの、母なる川、ガンジス川をふと思い出すのであった。

 組合員のコメント その2

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